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木刀が長すぎる

木刀が長すぎる

少年部に5歳が加わった。
身長は100cm強、一般的な木刀とだいたい同じくらい。
刀長すぎてベルセルクみたいになってる。

短めの中刀や小刀の導入も考えたが、結局は大人と同じ長さを使ってもらうことにした。
この年齢だと、むしろ腕力で自在に振り回せる方が危ない。周りが。
長大な刀をもてあましながら頑張っているが、今しばらくの辛抱。
あと半年もすれば身体で扱えるようになってくる。


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站樁(たんとう)

站樁

少年部を教える上での悩みの種は、とにかく子供たちの集中力の欠如である。
とりわけ序盤、友達同士でわいわい準備をした雰囲気のままで動き始めると、なかなか稽古に身が入らない。

そこで、最近では稽古の始まりに必ず站樁を行なうようにした。
これは中国武術の訓練法で、ものすごく簡単に言うと所定の姿勢を取ってただ立ち続ける練習である。
稽古開始の礼の後、皆で黙って5分程じっと立つ。

これがなかなか悪くない。
一度口を閉じ、物理的に身体を止めて過ごすことで浮いた気持ちも自然と落ち着いてくる。
澄まし顔で立ち続ける者、どうしてもじっとしていられずにそわそわしてしまう者、それぞれの個性と課題も見えてくる。

まず稽古の始めは站樁で気を鎮め、身体をいかに遣うかの技術を学び、最後はきつめのサーキットトレーニングで息を上げる。
しばらくはこの流れで少年部の心・技・体を組み立ててみる。


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ミラーニューロン

ミラーニューロン

我々の脳内にはミラーニューロンなる神経細胞が存在する可能性があるという。
これは他人の行動を目にした時、あたかも観察者自身もまた同じ行動を取っているかのように脳内に電位を発生させる。
例えば剣の素振を見ている時、自分の脳も一緒に木刀を振っているように活動しているというのだ。
ヒトにおける科学的に確かな実証はまだのようだが、そう考えると腑に落ちる気がする。

闘いは肉体が触れ合うよりずっと前から始まる。
剣を構えて向かい合った時、空間を隔てて交わされる情報のやり取りは確かに存在する。
互いの意念が圧力となって反射し合い、自分にとっていかに優位を確保した上で実際の攻撃を繰り出せるかの駆け引きが為される。
気、間、抑え、居竦み…日本武道におけるそういった概念も、現代的に検証すればこのミラーニューロンの働きによって説明できるところが大きいかもしれない。

人間の進化が脳の発達と道具の使用にあるなら、武道がそれを活かすに至るのもさもありなん。


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多元的な稽古

多元的な稽古

独り稽古で身体操作を練る時は、内に籠らず確かに相手を想定するべし。
翻って組稽古では、面と向かった相手からも型の手順からもむしろ散漫になるべし。

せっかく覚えて何千回と繰り返した型を忘れる工夫をする。
型の条件をシュレディンガー的な、多元的な局面のあくまで一つとして考え、型の中に身を置きながらなおそこから自由になる。

相矛盾する言説のようだけれど、要はその時自分が一番捉われやすいものから目を逸らしておく、ということ。


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第九回集中稽古会



半年に一度の丸一日集中稽古会、今回のテーマは『心・技・体』。
武術の在り様を、この三者のバランスから考える。


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第79回さかいマルシェ



JR武蔵境駅前、境南ふれあい広場にて開催されたさかいマルシェに一年ぶりに参加しました。
関係者の皆さん、どうもありがとうございました。
先月の市民会館文化祭での演武と比べ、各人周囲に意識を広げつつ動くことができるようになってきました。


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第39回武蔵野市民会館文化祭



今年も市民会館主催の文化祭にて演武を行ないました。
運営に携わった各団体と会館職員の皆さん、どうもありがとうございました。

僕自身も含め、大きな舞台に立つとまだまだ普段の心身が保てなくなり戸惑う所があります。
その差異をどう埋めていくかを次の課題にしていこうと思います。


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武術の才能

武術の才能

稽古をするうちに、才能の有無を気にする人がいる。
でも、『武術の才能』なんてニッチな代物、持ち合わせてる人は滅多にいない。
優れて見える人も、大抵は他の資質を転用して上達に繋げてる。
身体が大きい、運動神経が良い、度胸がある、地味な基礎練習に耐えられる…人にはいろんな才がある。
僕の場合は頭脳だった。
身体的な才にはさして恵まれなかったが、頭は並外れて良かったので、師の見せてくれた技術を体系立てて解釈することができた。

本当の意味で武才がある、と感じた稽古仲間はかつて一人だけいる。
体格は僕と同程度、その時点ではズバ抜けて技量が高いわけではなかったが、稽古の発想が並みでなかった。
単純な動作一つの質をどう改良すべきか、そのためにどんな修練を繰り返せば良いか、そういう閃きを生み出せる才覚があった。
しばらく師匠の下で共に稽古し、じきに離れていってしまったが…あの人、武道もうやってないのかなあ。


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古武道とフルコン

古武道とフルコン

我々の本分は剣を用いての古武道だけれど、少年部においてはフルコンタクト空手の練習法をちょっぴり取り入れている。
とはいえ僕自身が本格的に空手を学んだわけでもないので、基礎的なミット打ちの類くらいなのだが、それでも子供たちが得られるところはすごく多い。

己の拳足を思い切り叩きつける。
ミット越しとはいえ打たれた方も、打った方もそれなりに痛い。
木刀の剣術では慎重にならざるを得ない、全力を乗せた打ち込みが体感できる。
威力の増大という確かな上達の実感が、生の皮膚感覚で味わえるのは大きい。
それに侍の時代じゃあるまいし、例えば彼らが学校で出くわすトラブルから身を護ってくれるのは、剣よりも徒手の格闘技術であることの方が多いだろう。

時折僕が犠牲になって、ミットなしの生身を好き放題に殴る、蹴る練習をさせてやることもある。
初めは躊躇していた子も、次第に遠慮のない重い打撃を当てられるようになっていく。
無闇に暴力を振るわないのと、ただ人間を打つ度胸がないのは違う。
彼らの成長が嬉しいんだけど、先生アザだらけ。


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時間を止めない

自分と相手の時間軸が平等に流れない稽古はしたくない。
相手の剣を受け止めた後、自分だけもぞもぞ動いて位置を微調整したり。
腕を取って背後に回り込む間、相手の時間が止まったように棒立ちになっていたり。

型とは特定の技術を身に付けるために設定された条件であるから、何でも自由攻防のように反応していいわけではない。
それでも自分が一手指す時には相手にも同じだけの猶予が与えられている、ということを忘れてはいけない。
そういう稽古は物理的な技術を身に付ける助けにはいくらかなるかもしれないが、最も肝心な間の感性が狂う。


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プロフィール

ピンクさむらい

Author:ピンクさむらい
東京都武蔵野市にて、古武道萬葉塾を主宰。

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