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第二回集中稽古会

第二回集中稽古会

半年に一度の朝から晩まで集中稽古会、今回のテーマは『燃え尽きるほど居合』。
最近稽古量が足りていないのが気にかかっていた居合に内容を絞り、基本刀法から対人での打ち合いまで徹底的に練り込んだ。
最後は僕も含めてみんなふらふらだったけど、今後の稽古で随所に修練の結果が顕れてくるはず。


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間と中心

常時抑えを外さないこと。
圧が逸れれば間を取られる。
中心と間とは不可分。
付けに基づかない勘頼みの粗野な間を、萬葉塾では恃まない。


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消える動き

人間の動きは消えない。
迫りくる剣や拳足の動きが消えるわけがない。
さっきまであったものが急に消えることでかえって感づかれるということもある。
消えるはずのないものを消すために、消してはいけないものを消さないことを考える。


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やり過ぎる

初心の内は動作は大きく、くっきりはっきり。
目的をしっかりと意識して、明確に身体を遣う。

だけど上達するにつれ、これまで固まっていたあちこちが少しずつ巧く遣えるようになり、気張らなくても心身が最良の方向を探るようになってくる。
そうなってきたら、今度は身体の動きを、やろうという意識を、控えていかなくてはいけない。
自身の成長を見積もりに含めず、いつまでも初心の時と同じように外形の動きに頼っていたら、単純な足し算として出てくる結果はやり過ぎになる。

心身の状態が変わっていけば、ベストを出すために必要なものも刻々と変わっていく。
上達の秘訣は、昨日の自分と同じ水準で稽古ができると思わないこと。


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納刀

納刀

抜き放った刀を再び鞘に納める動作を『納刀(のうとう)』と呼ぶ。

型稽古を実戦の模擬としてのみ捉えるなら、納刀に心を配る意義は薄い。
相手をすでに斬り伏せているなら隙のない所作を心掛ける必要はないし、そもそも人を斬った刃を拭いもせずに鞘に戻すわけにはいかない。

それでも納刀は、抜刀と同じだけの丹念さをもって行なわれなければならない。
抜くも納めるも違いはなく、ともに同じく心身の遣い方を精錬してゆく稽古の過程だからだ。
もしも丁寧な抜刀を千回行ない、その間雑な納刀を千回繰り返していたとしたら、稽古を終える頃にはその人の技量は始める前より落ちているだろう。
かつて、同門の稽古者でせっかく身につけた技を錆びさせてしまった人を目の当たりにしたことがあるが、やはり居合稽古の際の抜刀に比べてあまりに無頓着な納刀が気にかかった。
日頃どれだけ細部にまで神経を行き届かせて鍛錬しているか、稽古に向き合うその人の姿勢がこういう所に現れる。

納刀の乱れは心の乱れ。


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プロフィール

ピンクさむらい

Author:ピンクさむらい
東京都武蔵野市にて、古武道萬葉塾を主宰。

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